象からソ連と日本を取り除くと、象の姿が崩れる

ツイッターで良く炎上を起こすLINEの某氏が、最近、グローバリゼーションの話題に触れて、また炎上を起こしていました。
https://twitter.com/tabbata/status/791067716769591297

先進国の住民が1人没落して困窮することで、発展途上国の住人は数人が、困窮レベルから、中産階級のローエンドくらいには来れるので、先進国での格差拡大は、全世界的には格差縮小になっている、と何度言ったらわかるのだろうか。これ、良い悪いの価値判断を超えた事実記述的な言説なのだよね。

 

氏は、有名な「象チャート」を見て、この感想を持ったそうです。これは仕方がないですね。世間一般によくある認識で、某氏がそうと思い込んでも無理はないでしょう。

象チャートについては、「グローバル経済の「負け組」は日本と旧ソ連圏だけというお話(木村正人)」という記事で、次のように紹介されています。

世界銀行の首席エコノミストだったBranko Milanovic氏と現エコノミストのChristoph Lakner氏の「エレファント(象の)カーブ」をご存知ですか。「この10年で最も影響力を持ったチャート」とも言われています。右側が長い鼻で、象のように見えることから「エレファントカーブ」と呼ばれるようになりました。

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木村正人氏記事より

ところがこのチャートに疑問を持ち、データを調べなおした調査機関があります。上の記事でも紹介されていますが、「格差問題に取り組む英国のシンクタンク、レゾルーション・ファンデーション」(レゾルーション財団)です。

このレゾルーション財団による検証結果について、英国のエコノミストであるフランシス・コッポラ氏が、「西側の低中産階級の停滞はグローバリゼーションのせいではない。責めるべきは政策」という記事で紹介しています。

「MilanovicとLaknerのデータを用いて、レゾルーション財団がチャートを検証したところ、次のことがわかった。グローバリゼーションは確かに何百万人もの人々を貧困から脱け出させたが、それは、西側の下層中産階級を犠牲にしたわけではなかった」

とのことです。

冒頭の某氏が、てっきり事実だと思い込んだことは、実はそうではなかった、ということです。

実は経済学では、良くこういうことがあるので、一見事実に見えるチャートやデータも、まるごと信じてはいけないのです。いつでも、「本当かな?何か変じゃないかな?こういう可能性もあるんじゃないかな?」と、一抹の疑いを頭の隅に置いておくことが、本当に重要です。

どうして象の形になってしまったかというと、このデータが作られている期間は、ベルリンの壁崩壊の直前から始まっており、ソ連の解体(1991)、日本のバブル崩壊(1990)といった、チャートの形に大きく影響する特別な出来事が起こっていたからだというのです。それによって、横軸の60~90ぐらいまでの中産階級が、ひどく没落しているように見えてしまうわけです。

というわけで、日本とソ連をデータから外してみましょう。下の図の赤い線になります。中国も取り除いてみましょう。そうすると、下の図の薄い線になります。ほとんどどの階級も、伸び率は一定になりました。

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つまり、中国の低~中産階級の収入は目覚ましく伸びたが、だからといって西側諸国の低~中産階級の収入が犠牲になったとは言えない、ということなんです。

西側先進諸国と一口にいっても、その中でもいろいろな状況があって、それもレゾルーション財団は分析しています。たとえばアメリカだけとってみると、格差はひどく拡大しているし、確かに中産階級の所得の伸びは停滞してます。しかし、アメリカよりもはるかに移民の多い英国で、低所得者層の所得の伸びが大きいのですから、グローバリゼーションが賃金を低下させるという見方はどうも違うのではないか、という話です。

この部分は木村正人氏の記事にもまとめられており、一節を抜粋します。

EUの低成長国イタリアでさえ、10分位数で分けたどのクラスも年2%前後の成長を達成しています。EU国民投票で「移民に仕事が奪われ、賃金が下がった」と騒いだ英国のボトム10%の所得は年5%近くも上昇していました。英国はEU加盟によって損をしたのではなく、得をしたのは疑いようのない事実です。

 

フランシス・コッポラ氏の考えでは、アメリカの中産階級の停滞については、グローバリゼーションのせいにはできそうになく、むしろレーガン時代の減税だとか、コーポレートガバナンス系の問題などといった、国の政策や規制のあり方が影響しているのではないか、とのことです。